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doku91’s diary

母の呪縛から逃れたい

コタツ

母は薬(抗うつ剤睡眠薬)を飲むと

ろれつが回らなくなり

わけがわからない事を言って

しばらくしたら眠る

 

呼んでも叩いても蹴っても起きない

半日くらいは寝ている

なので薬を飲むのは有り難かった。

 

冬はリビングにはコタツを出していた。

 

学校から帰ると家に救急車が来ていた。

父がお母さんが薬飲んでコタツで寝てたから

火傷したって言った。

 

近所に恥ずかしい

またしばらく家に母がいないから嬉しい

そのまま死ねばよかったのに

 

とかいろんな感情があった。

先生

私はこの苦しを誰かに知ってもらいたくて

学校でもリスカをした。

と言ってもトイレの個室や

誰にも見付からない所で。

 

包帯を巻いていたら友達にどうしたの?って聞かれて

焦って ちょっと捻挫 って返事をした。

 

部活は楽しかったが

他は楽しくなかった。

と言うか無気力だった。

もういつでも死ねるから

好きな事だけして生きようと思ってた。

 

2年生の後半からほぼ毎日遅刻していた。

朝早くから学校に行く意味がなかったから。

勉強もほとんどしなかった。

もちろん先生には呼び出される。

職員室ではない、

不登校の子が通うカウンセリングルームだった。

 

そこで私は

お母さん、病気なんです。

と言った。

うつ病、母は家事をしない、

毎日辛い。

母の機嫌をとらないといけない

機嫌が悪くなれば暴れる事も言った。

 

その腕は自分で切ったの?

と聞かれた

包帯を巻いていたから。

 

そう。

と言って涙が出た

いつ振りに人前で泣いたかな

ずっと一人で泣いてたから。

 

話を聞いてもらえただけで

何もしてくれなかった。

でもその時はそれでもよかった。

 

次の日からも毎日遅刻して行った。

 

母が学校に電話をする事もあった。

娘を今から帰らせろと。

 

今思えば学校が児童相談所に報告してくれたら

保護してもらえたのに。

肉体的な虐待じゃないと無理だったのかな。

 

生き甲斐

何の楽しみもないまま中学に入ったが

友達に誘われて部活に入った。

 

私は音楽が生き甲斐になった。

 

みんなで一つの物を創る素晴らしさ

そこから吹奏楽にどハマりした。

 

母はそれを気に入らなかった。

 

発表会や遠征があると父が来てくれた。

それがもっと母を怒らせた。

母は父に私の悪口を言っていた。

母は私と父が仲良くしているのが気に入らなかった。

 

私は父のことが好きだった。

父は私の味方、お母さんが病気だからこそ

私にいろいろしてくれるんだと思っていた。

うちに借金があるのはお母さんのせい。

お母さんがパチンコで使うから。

父はそう言っていた。

 

母は

お父さんは結婚する前に

借金をしていてそれを隠していた

今もまだ返してないと言っていた。

 

私は父を信じていた。

 

死にたい

小学5年生になる頃

私自身もリスカをし始めた。

最初は母みたいになりたくない

母と同じ事なんかしたくないと思っていたのに。

 

夜中に母のカバンからタバコを1本

抜き取ってベランダで吸ってみたり

 

母を殺すか自分が死ぬかで本気で悩んだ。

毎日夜に布団の中で

母を殺すシミュレーション、

自殺の方法

そんな事ばかり考えていた。

 

母は機嫌が良い時は

満面の笑みで両手を広げて

なおちゃーん、おいでー

って

私は

えー

苦笑いをして誤魔化した。

まじきもい、死ねって思ってた。

ほんとに気持ちが悪い。

今思い出すだけでも背筋がゾッとする。

 

母に一度だけ首を絞められた事がある。

言い争いになった時だった。

ただ母は本気ではなかったのか

私は母を投げ飛ばした

その時私は

母はいつでも殺せるってちょっと心に余裕ができた。

 

そんな調子で

私は中学に上がった。

プレッシャー

父に聞いた

 

なんでお母さんはあんなんなん?

 

お母さんはな、病気やねん、

うつ病、薬飲んでなおかしくなるねん

心は幼稚園児並みや、

だからなおちゃん、大人になったって。

早く大人になって、

幼稚園児扱うように優しくしたって。

 

早く大人になって

 

それがプレッシャーになった。

 

それからは母に冷たく当たった

泣いてても無視。

必要最低限の会話しかしなくなった。

 

母は言う事を聞かない

可愛くない私に罵詈雑言を浴びせた。

 

親に向かってその態度は何?

育ててやったのに

お前何様?

親不孝者

死ね

お前なんかいらんねん

 

一通り言い終えたら

次は

死ぬ死ぬ詐欺

 

今から死ぬから

と言って包丁を持ち出し

自分の体を切った

私の目の前で。

 

私は私も刺されるかもしれないと

身構えた。

 

死ぬと言っても絶対死なない

母は弱いから死ぬ勇気なんかない。

そう思ってた。

お金の価値

小学3年生でお小遣いは毎月1万円あった。

私はお金の価値がわからなかった

携帯も買ってくれた

 

暇つぶしの材料は沢山あった。

 

母は毎日朝から夕方まで、

晩ご飯を食べてからは

父と2人でパチンコに行っていた。

 

お金がなくなると

母は暴れた。

包丁で腕を切ったり

消毒薬を飲んだり

タオルで自分の首を絞めたり

ベランダに出て飛び降りようとしたり

睡眠薬を大量に飲んだり

 

全て私の目の前で

 

正直バカらしかった

呆れた。惨めだ。と思っていた

でもたぶん心のどこかでは

怖い、誰か助けて、逃げたい

そう思ってたけどそれを感じないようにしていた。

 

睡眠薬を飲んだときが厄介だった。

ろれつが回らなくなり

意味のない事を叫んだり

幻覚、幻聴があったのかは

わからないけど

とにかく騒ぎ立てた。

 

その状態で車を運転してたのが恐かった

誰かを轢いたりしたら…

逆にそのまま事故って死んでくれとも思った。

 

そんな母を恥ずかしいと思った。

私よりも精神年齢が低かった。

機能不全家族

そんな毎日が1年くらい続いた頃

私はだんだん母がうっとおしくなった

けど表面上は陽気に振る舞っていた

 

友達の家に遊びに行くと

私の知ってるお母さんじゃない

お母さんが居た。

 

なんでお母さんは他の子のお母さんの違うの?

 

何かが違う、お母さんおかしい?

 

そう思い始めた。

 

ちょうどその頃

学校から帰ると毎日お母さんは

家に居なかった。

気楽でよかった

晩ご飯の時間には帰って来た。

父と母と私で晩ご飯を食べた後

 

ちょっと出掛けてくるわ

すぐ帰って来るから

 

と言って父と母は出て行った。

気楽でよかった。

1人で家に居るのが楽しかった。

自由で楽しかった。

暇つぶしが出来るように

マンガやゲームを買ってくれた。

 

寂しい、悲しい、もっと甘えたい。

たぶんそんな感情を感じないようにしてた

 

母はお金がある時は

私に優しく家の中も明るかった。

ホッとしながらも

次のお金がない日が来るのがいつかと恐かった。