読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

doku91’s diary

母の呪縛から逃れたい

お母さん

引っ越しを繰り返して借金をするうちに

首が回らなくなってきた両親は

母の実家に住む事にした

私が小学2年生のときである。

 

それがまた新たな毒を生んだ。

 

たった3ヶ月だった。

 

家を出た。

 

そしてまた家族3人での生活が始まった。

 

母は私を必要としていた。

たった8歳の私に母は両親の愚痴

昔裸足で逃げ出した事、

母は妹と比べられ

辛い人生を送ってきた事。

日々の愚痴。

仕事の事、父の悪口、お金がない事。

 

お母さんにはあなたしか居ないの

 

そう行って泣き付かれた事が何度もある

 

私がお母さんを助けなくちゃ。

8歳の女の子は純粋にそう思うだろう。

 

私は母を笑顔にしようと

冗談を言ったり

踊ってみたり

お母さん大好き

なんか書いた手紙を枕元に置いたりした。

とにかくとにかく家の中では陽気に振る舞った。

 

母の顔色をずっと見ていた。

 

でも母はそれだけでは元気になってくれなかった。

 

母は私に死にたいと言った。

 

私は母にお母さんが死ぬなら私も死ぬ

どこにでも付いて行くよと言った。

 

2人で睡眠薬を飲んだ。

 

直後に私に睡眠薬を吐かせた。

 

母は泣いていた

 

私も泣いた。

 

自分の無力さに泣いていた。

なぜ母を元気にしてあげられないんだ、と。

自分を認めてくれる存在

赤ちゃんにはママが必要だ。

ママにとっても

赤ちゃんは10ヶ月もお腹の中に居てた

自分の分身のようで

守らなくてはいけない存在である。

 

母は赤ちゃんだった私を愛して居た。

ママじゃないとダメな私を。

オシメを替えてミルクを与えて

腕の中で眠る私を愛おしく想っていた。

 

ダイレクトに自分の事を必要としてくれる

唯一の存在が私だった。

 

でもそれは永遠には続かない。

育児ノイローゼ

育児ノイローゼになった母は

父にこれよりもあたるようになった。

 

とにかく人と関わるのが嫌になり

近所付き合いもうまくいかなくなって

何度も引っ越しをした

私が小学生に上がるまでに8回も転々とした。

 

引っ越しをする為に借金をした。

私は望まれたのか

母はきっと逃げ場が欲しかっただけ

結婚する人は誰でも良かった

とにかく家から出たかった

捻くれてるのか私はそう思う。

 

母の父は昔ながらの頑固オヤジで

母には背を向けてしか話さない

何事にも父の許可が必要だった

門限も厳しく結婚も簡単に許してもらえなかった

 

 

 

母は出産後里帰りをした。

それがまた新たな毒を作った。

 

赤子が泣くと

うるさい!

と母の父は怒鳴った。

それが恐くて恐くて

母は少しの泣き声でも

ビクビク怯えて育児ノイローゼになった。

 

早々に里帰りをやめて

自宅に戻り

一人で子育てをした

ストレスからは母乳は出ず

泣けばミルク泣けばミルク…

 

 

それでも数少ない私の幼少期の頃の写真に写る

母は笑顔だった。

父から聞いた話

結婚後

母は浮気をしたり家出をしたり

今まで溜めていたものを

爆発させたかのように

父と激しく喧嘩をしたらしい

始めの妊娠は浮気との間にできた子で

結局は流産してしまった

その後にできた子が私と言った。

ちゃんとお父さんとお母さんの子だよ。と

 

嘘かホントかはわからない

嘘でもホントでも嬉しくも悲しくも

なんの感情もないよ。私は。

 

ここに産まれてきた事が

私にとっては失敗だった

 

私はお父さんもお母さんも要らない。

毒母の母も毒母

母から幼少期に聞かされた話。

 

母の母は

借金を繰り返しそれが夫にバレて

暴力を振るわれていた

何度暴力を振るわれても

また借金をしていた

その光景を母はずっと見ていた。

ときにはとばっちりもくらい

真夜中に裸足で妹と逃げた

 

なぜ借金を繰り返していたのかは不明。

 

母の母は

妹には甘く姉にはきつくあたっていた

お姉ちゃんなんだから…

勉強できて当たり前

世間様に恥ずかしくないように

左利きは障害者(母は左利き)

妹は偉いのに、妹は賢いのに、

妹は大学も出たのに(母は高卒)

なんでも妹と比べられていた

頑張っても頑張っても

頑張るのが当たり前…と

 

同情する。

 

これが毒の原因。

 

は高校卒業後、東大阪の中小企業の事務に勤めた。

そこで父と出会い実家を逃げるように結婚した。

 

 

毒母

母はかわいそうな人だった。


幼いときから時折母をかわいそうだと思った事が何度かあった。


親からは見捨てられ罵倒され

社会性なはく仲の良い友達なんか

1人もいないように見えた。

唯一の理解者は父と私なんだ



私が母の心の支えにならなくては!

と、幼少期の頃に母に洗脳された。