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doku91’s diary

母の呪縛から逃れたい

自律神経失調症

ある日両腕が動かなくなった。

動かせなかった。

すごく痺れていた。

肘から小指にかけて

息も出来なくなった

肺いっぱいに思いっきり吸い込んでも

息苦しくて

このまま死ぬんじゃないかと思うほど。

とにかく全身がだるくて

動けなかった。

 

これはおかしいと思いググった。

 

自律神経失調症の症状にピッタリだった。

袋に空気を入れて吸うと少しマシになった。

 

今現在も両腕の痺れは少しあるし

息苦しくなるときもある。

爆発

毎日毎日彼が仕事から帰って来るのを

じっと家で待った。

泣きながら待った。

 

毎日死にたかった。

毎日生きてる意味がわからなかった。

 

とにかく生きてるのが辛かった。

 

母に私はうつ病だ。

何もかもあんたのせいだ。

もう縁切りたい

連絡するな

 

覚えてないけどそんなこと言ったと思う。

 

スッキリした反面怖かった

また暴走するんじゃないかって。

 

それから半年か1年くらい連絡は一切なかった。

きっと父がなだめてそれでどうせ毎日パチンコでもしてたんだろう。

 

連絡をとらなかった期間はほんとに幸せだった。

ただ、AC独特の生きづらさは残ったままだけど。

 

17年縛り付けられてきた反動で

彼には沢山迷惑を掛けてしまった。

甘えてしまった、あのときの私はかなりワガママだったと思う。

幼稚園児のようにヤダヤダをして

今思うと恥ずかしい。

インフルエンザ

高校2年生になってクラスが変わった。

元々こう言う育ちのせいで

人付き合いが苦手な私は

もう学校という社会が大嫌いだった。

クラスが変わって友達と呼べる人は誰も居なくなった。

 

軽くうつ状態になってた。

それでもなんとか通った。

 

9月に当時流行った豚インフルエンザにかかった。

1週間寝込んだ。

彼も共倒れした。

母は母親ヅラして差し入れを持って来た。

 

1週間休んだことによって

私はもう学校に行けなくなってしまった。

勉強も学年最下位で普段から授業の内容が全くわからないのに

1週間も空いてしまったらもっとついていけなくなる。

それを考えると行きたくなかった。

やる気が出なかった

学校辞めると言った。

 

それから1ヶ月くらい経って学校辞めた。

母はもちろん激怒した。

 

私はうつ病治療のカウンセリングに通った。

でも効果はなかった。

抗うつ剤も効かなかった。

 

家に引きこもるようになった。

 

すべて母のせいだ。

暴走

16歳の冬

彼は私と暮らすための家を借りてくれた。

築5年くらいのキレイなアパートの2階。

一緒にカーテンを選んだりソファを買いに行ったり

彼の為にご飯を作ったり幸せを感じた。

 

母は警察に電話をした。

娘が誘拐されたと。

彼の会社にも電話をした。

娘を誘拐したと。

 

母から連絡が来て

家に彼と行った

母が包丁を振り回して発狂してた。

怖くはない、気持ち悪い。

ドン引き。

母に対してはいつもそんな感情だった。

 

そこに警察が来た。

私が母は病気で、私と彼はお互いの同意があって

交際してることを説明すると警察は帰った。

警察も顔見知りだ。

母は何かあるとすぐに警察沙汰にする。

死ぬとか殺すとか殺されるとか

だから警察の方もまたあなたですかー。

って感じだった。

 

その日はなんとかアパートに帰って

後日また母に会いに行った。

母は私の学費を彼に払わせた。

毎月3万5千円要求した。

彼は毎月払ってくれた。

 

それからも母はしょっちゅう鬼電してくる。

出れば罵詈雑言。

離れてもストレスは溜まった。

作った自分

母の両親は世間体を気にする。

 

勉強勉強とうるさかった。

だけど母と暮らす事に比べるとましだった。

 

でも私は勉強ができない。

中学のときしてこなかったから。

学年で最下位だった。

 

部活はまた吹奏楽を選んだ

だけど思ってたのと違ってすぐ辞めた。

 

それからはまた勉強もせず

友達や男と遊びまくった。

 

16歳の夏私は今の夫と出会った。

 

夫もネットで知り合った。

 

いままで付き合った男の人とは違うかった。

毎日学校が終わってからデートをした。

 

心の拠り所がなかった私は彼に依存した

毎日会わないと気が済まなかった。

 

彼と居てるときの自分が本当の自分だった。

 

祖父と祖母に見せる

良い子

の私は私じゃなかった。

 

祖母が口癖のように言う、

あんたはお母さんと違って賢いからね

 

それがしんどくて爆発した。

 

父にメールで私はどこに行っても自由がないと言った。

 

私は彼と同棲をする為に

実家に荷物を取りに行った。

 

彼に車で家の近くで待っててもらい

母には電車で来たと言って

荷物を持って出たがその後を母が見ていてバレた。

 

春休み

高校に合格して

中学卒業するまで

とにかく遊びまくった。

 

連日夜も家に帰らなかったりもした。

 

父には警察のお世話にだけはなるなと言われた。

 

中学卒業するのは死ぬほど嫌だった。

青春だった部活が、

もうあのメンバーで合奏できないのか

と思うと死にたかった。

最後の夏にはみんなで金賞を受賞した。

ほんとに今までで一番胸がときめいた。

もうそれを超える何かは起きないと思った。

 

やさぐれた。

 

中学卒業してネットの掲示板で出会った3歳上の男と付き合った。

それが母にバレて別れさせられた。

 

高校の入学式、

母側の祖母の家から通った。

母には来なくていいと言っていたのに来た。

 

入学式の写真を撮ったが

母が来た事でイライラしてた私は

思いっきり不機嫌な顔に写った。

 

大人気なかったかな。

受験

中学3年生になって

進路を考えなくてはいけなくなった。

 

どうでもよかった。

 

父が決めた高校に行く事にした。

 

母が勝手に家庭教師を雇った。

 

とにかく人がウザかった私は

家庭教師の当時20歳の男性に

反発しまくった。

 

今となっては笑える。

ごめんね、お兄さん。

 

 

母が普通のときは普通に会話していたし

常に機嫌が悪くならないように

顔色を伺いながら接していた。

父が仕事から帰って来るまでの時間が辛かった。

 

母は父の会社にも電話をして

帰って来させたりもした。

私に電話を掛けさせるときもあった。

 

高校に入ったらばあばの家から通う。

 

私は中学卒業前くらいから

ずっとそう言っていた。